ウェルビーイングに、答えはない。ISO 25554の認定支援コンサルタント座談会|組織と地域の実践論

前回、ISO 25554の策定を主導した浅野健一郎さんは、「ウェルビーイングは定義できない」と語りました。人や組織、時代によって変わり続けるのだから、唯一の正解などない。だからこそ、自分たちで問い、決め、実践し続けるしかない、と。

では、その「正解のないもの」を、現場ではどう実践すればいいのでしょうか。

今回は、ウェルビーイングISOガイドライン認定制度認定支援コンサルタント(ウェルビーイングISO認定支援コンサルタント)資格を取得した、株式会社オーケーウェブの3人に集まってもらいました。
サンクスカード「GRATICA」他、「感謝でつながるコミュニティ」を率いる杉浦、組織・コミュニティづくりを科学する本嶋、地域・自治体の現場に入る関口。立場の異なる3人が、組織と地域それぞれの現場から、ウェルビーイングの“実践”を語り合います。

<参加者プロフィール>
杉浦 元(写真中央)
株式会社オーケーウェブ 代表取締役社長。1999年の創業以来、Q&Aコミュニティ「OKWAVE」の運営を通じて、人と人が助け合う場づくりに取り組む。現在は、サンクスカード「GRATICA」などを通じて、感謝でつながるコミュニティづくりを推進。

本嶋 崇志(写真右)
株式会社オーケーウェブ 執行役員/JINEN株式会社 代表取締役。コミュニティ形成の診断・分析・設計を、学術的なエビデンスをもとに手がける。

関口 一(写真左)
株式会社オーケーウェブ 事業推進部 自治体推進戦略アドバイザー。地域のDXや関係人口づくりを支援。

関連記事:「健康経営」のその先へ。ISO 25554を主導した浅野健一郎氏に聞く、「自社らしいウェルビーイング」とは


目次

ウェルビーイングに、答えはない。ISO 25554の認定支援コンサルタント座談会|組織と地域の実践論

1. 「認定支援コンサルタント」とは、何をする人たちなのか

──まず、みなさんが取得された「ウェルビーイングISO認定支援コンサルタント」とは、どういう資格なのでしょうか。ISO 25554と聞くと、品質管理のISOのように「基準を満たしているか審査されるもの」を想像してしまうのですが。

杉浦:そこがいちばん誤解されやすいところだと思います。ISO 25554は、あるコミュニティが「ウェルビーイングかどうか」を、外から審査して判定する認証ではないんです。
そうではなくて、コミュニティ自身が「私たちにとってのウェルビーイングとはこういうものだ」と自分たちで定義して、その状態を保ち続けるための仕組みが、きちんとPDCAとして回っているか。その体制を見るものなんですね。

──なるほど。「何が正解か」を外から与えるのではなく、「自分たちで決めて、回しているか」を見る、と。

杉浦:そうです。だから私たち認定支援コンサルタントの役割は、その定義を策定するところから、体制をつくり、回していく仕組みを整えるところまでを支援することです。
規格そのものの詳しい話は、策定を主導された社会的健康戦略研究所さんに伺うのがいちばんですが、同研究所はISO 25554に基づく認定を行う第三者機関で、私たちはその認定取得を現場で支える立場、という関係になります。

──そもそも、お三方はどういうきっかけで、この資格を知ったのでしょうか。

杉浦:最初に教えてくれたのは本嶋さんでしたよね?「ISO 25554という国際規格があり、それに対応した『ウェルビーイングISO認定支援コンサルタント』という資格があるんですよ」と。

本嶋:そうでしたね。私たちはコミュニティづくりを仕事にしていますが、「これは良いコミュニティだ」という裏付けを、データで取るのがなかなか難しいんです。
そこにずっと課題感があり、もっと科学的なアプローチができないかと模索していました。

杉浦:その話を受けて、私から関口さんにも「これは地域活性化や地方創生の事業にも役立つから、取った方がいい」と勧めたんです。

関口:それで私も一緒に取得した、という流れですね。

杉浦:そう。もともと当社は、「OKWAVE」というQ&Aコミュニティを27年間運営してきて、「炎上させずに続けてきた」実践知があります。その現場の知恵と、本嶋さんたちの学術的な裏付けを掛け合わせられないか。そんな関心も、背景にはありました。

──実際に資格を取得してみて、いかがでしたか。新しい世界が開けた、という感覚はありましたか。

杉浦:それが、正直に言うと「まったく新しいことを知った」という感覚ではなかったんです。

私たちはもともとサンクスカードの事業をやってきたので、感謝やコミュニケーションの話は日々考えています。
むしろ、頭の中に点在していた実践知が、きれいに整理・体系化された、という感覚でした。
リーダーシップ、構成員、仕組み、KPIの設定。バラバラだったものが、一本の体系としてつながったんですね。

本嶋:私も近い感覚です。もともと自分が大事にしてきた考え方や、指標の捉え方と、重なる部分が多くありました。

ただ、一点だけ注意が要るなと思ったことがあります。
ISO 25554は、もともと健康経営の文脈から生まれてきた経緯があるので、「健康」と聞くと、つい血圧や体重のような身体的な数値、いわば「病気ではない状態」を思い浮かべがちなんですね。

ですが、ウェルビーイングが指す「健康」は本来もっと広くて、身体だけでなく、心の状態や人とのつながりまで含んだものです。
しかも、何を指標にするかは各コミュニティが決めるもので、規格が指標を指定しているわけではない。
だからこそ、身体的な健康の数字と、企業が追う売上や利用率のような数字、そして働く人の実感を、どうつなげていくかは、意識しておく必要があると感じました。

関口:私は前職で、コロナ禍にパルスサーベイのようなエンゲージメント調査を導入した経験がありました。目標を設定して、経過を観察して、評価する。その一連のプロセスの解像度が、今回あらためて上がった感覚があります。

ただ、従来のように「ベストプラクティスに準拠すればいい」という認証とは、根本的に違いますよね。
「自分たちで定義する」プロセス準拠型なので、現場のファシリテーションはかなり難しい。そこは正直、チャレンジだなと感じました。

2. 「組織のウェルビーイング」は、矛盾していないか

──取材を進めるなかで、気になった問いがあります。「企業は利益を追う組織なのに、そこでウェルビーイングを目指すのは、そもそも両立するのか」という点です。

本嶋:とても本質的なところだと思います。前提の話をすると、組織論には昔から、集団に関する分類の1つで、「機能体」と「共同体」に分ける考え方があります。
機能体は、目標を達成するための集まり。軍隊や行政、企業などですね。共同体は、楽しさや居場所そのものを目的とした集まりです。

──なるほど。その整理でいくと、会社は「機能体」ということになりますね。

本嶋:そうなんです。そして機能体は、もともとウェルビーイングを目的として設計されていない。だから、厳密に言えば「組織のウェルビーイング」という言葉には、概念的な矛盾があるのではないか、とも言える。

──それは、かなり踏み込んだ指摘ですね。

本嶋:ただ、実際の「会社」という単位の中には、機能体と共同体の両方が存在しているんです。目標を追う機能体でありながら、同時に、人が日々過ごす居場所でもある。そして、その共同体の部分の居心地が悪いと、人は辞めていく。

だから、会社全体として見れば、やはりウェルビーイングは避けて通れないテーマになる。機能体だから関係ない、という話ではないんです。

──機能体の論理だけでは、会社は割り切れない、と。

本嶋:そうなんです。人は、売上目標のためだけに動く機械ではありませんから。
同じ職場でも、「成果を出す場」としての顔と、「安心して過ごせる場」としての顔の、両方を持っている。その両面を同時に見ていかないと、組織は続いていかないのです。

杉浦:本嶋さんの整理に、ひとつ補足させてください。
ウェルビーイングというと、どうしても「居心地のよさ」だと捉えられがちですよね。でも、それだけではないと思っていて。

コンフォートゾーンを超えて挑戦することや、成長している実感も、幸福の重要な要素なんです。
ぬるま湯の心地よさが、そのまま良い状態とは限らない。
何をウェルビーイングと呼ぶかは、やはりコミュニティごとに違ってくるんですよね。だから「自分たちが目指すのはどんな状態か」を自分たちで定義することが、とても大事になってくるのです。

──「居心地のよさ」と「成長の手ごたえ」。一見、相反するものも含めて、自分たちで定義していく、ということでしょうか。

杉浦:そうです。ISO 25554のガイドラインって、突き詰めると「ウェルビーイングの探究プロセス」 のような、わりと哲学的な性格を持っていると感じるんです。
コミュニティ(注:ISO25554では、地域や企業等という集団を指す)ごとに、いったんは「これが私たちのウェルビーイングだ」と置く。でも、その定義自体も、状況が変われば変わっていく。置いて、試して、また問い直す。その繰り返しなんですね。答えは一度決まったら終わりじゃなくて、問い続けるもの。そういう姿勢そのものを、ISO 25554ガイドライン認定は支えている気がします。

3. 組織と地域で、ウェルビーイングはどう変わるか

──お三方は、組織と地域という異なる現場を見ています。ウェルビーイングの「形」は、場によってどう変わるのでしょうか。

本嶋:かなり変わります。たとえば組織の中で実感しやすいのは、成長の手ごたえや、視野が広がる感覚。一方で地域だと、温泉でゆっくりするような安らぎだったり、福祉的な支え合いだったりする。

同じ「ウェルビーイング」でも、達成しやすい形がまるで違うんです。
だからこそ、コミュニティごとに「私たちはこれを目指す」と定義を明示することに意味がある。そうすれば、人も「自分に合うコミュニティ」を選べるようになりますから。

関口:私の前職の話になるのですが、サイバーセキュリティの世界って、実は「ウイルスに感染しない=病気にならない」ことを目指す、ヘルスケアにとても近いんです。

しかもこれまでは、「対策しないと、こんな怖い目に遭いますよ」と、ある種の恐怖で訴えて動かしてきた側面があった。
でも本当に大事なのは、その先に「どういう良い状態を目指すのか」のはずなんですよね。地域の話も、まったく同じだと感じています。

地域の話を少し補足すると、企業と地域とでは、そもそも「ものさし」が違うんです。企業なら売上、地域なら税収、と軸は違っても、「何かをやった」というアウトプットの数字だけでは、本当のところが測れない。

たとえば、イベントを開催した、ふるさと納税でこれだけ集まった。それは出来事の数字であって、住民が本当に幸せになったかは別の話なんですね。

──出来事の量と、人の実感は、別物だと。

関口:そうなんです。いま、前野隆司先生なども関わっている「地域幸福度(Well-Being指標)」という取り組みがあります。
デジタル庁が進めているもので、その地域に住む人が「今ここに住んでいてよい」「これからも住み続けたい」と思える状態を、きちんと可視化していこう、というものです。

ただ、これもまだ「こういう状態が望ましいよね」という政策目標の段階で、「では、どうやってそこに到達するのか」は、まさに現場で模索している最中です。

──たとえば「不便な地域に鉄道を通せば幸福度が上がる」とは、単純には言えない。

関口:まさにそこなんです。交通の便をよくすれば幸せになる、とは限らないですよね。
何が本当にその地域の人の幸福につながるのかは、もっと丁寧にブレイクダウンしていかないと見えてこないのです。
認知症のケアのような、暮らしに根ざしたテーマも含めて、地域には地域の固有の問いがあるんです。

関連記事:
「健康に気をつけるように、幸せにも気をつける」幸福学の第一人者・前野隆司教授が語る、ウェルビーイングの本質

制度より先に「魂」を入れよ。前野隆司教授が語る、ウェルビーイング経営の本質とAI時代の幸せ

参考記事:
地域幸福度(Well-Being)指標の活用|デジタル庁

4. どう測り、どう活かすか。「測ることの目的化」という罠

──状態を把握するには、やはり「測る」ことが必要になります。何を、どう測ればいいのでしょうか。

関口:私は、主観と客観、その両方が要ると思っています。データ、出来事、関係性、そして感謝のようなリアクション。それらを組み合わせて、継続的に見ていくのです。
答えはひとつではないので、ひとつの数字だけを追うのは危うい。

杉浦:GRATICAで言うと、取れるデータは大きく2種類あります。ひとつは「行動データ」。
感謝のカードがどれだけ送り合われているか、送っている人はどのくらいの割合か、どんな反応がついているか、どれくらいの熱量で書かれているか。

もうひとつは「意識データ」で、月次の短いパルスサーベイで、一人ひとりがどう感じているかを捉える。
この二つを重ねることで、見えにくい関係性を可視化していく、という考え方です。感謝のやり取りという行動面と、本人が感じている状態の両方から、組織の関係性を考える手がかりを得られるんです。

──数字が見えるようになると、つい「その数字を上げること」が目的になってしまいそうです。

本嶋:まさに、そこがいちばんの落とし穴です。従業員満足度調査でもよくあることですが、スコアを上げること自体がゴールになってしまうと、完全に本末転倒なんですね。
本来は、関係性のどこが弱っているかを知って、改善の手を打つための手段だったはずなのに。数字が目的に化けてしまう。

杉浦:そこは、私たち自身の課題でもあります。ツールを入れて数字が見えるようにするだけでは、まだ足りない。その数字を、次にどう活かすのか。
そこまで一緒に伴走しないと、意味が薄れてしまうでしょう。正直に言えば、そのカスタマーサクセスの部分は、まだ道半ばです。

関口:「監視」のようにデータを追いかけてしまうと、現場はかえって萎縮します。大事なのは、病気にならないこと、つまり悪い状態を避ける発想から、「やりたいことができる状態」をつくる発想へ切り替えること。
複数の指標を組み合わせて、観察し続ける。一発で正解を当てにいくのではなくて、観測しながら整えていくんです。

5. 感謝や関係性は、どう扱えばいいのか

──数字として捉えられるようになってきた感謝や関係性ですが、それを実際にどう扱えばいいのでしょうか。GRATICAを通じて向き合ってきた中で、どんな気づきがありましたか。

杉浦:感謝には、生まれ方に「方向」があると思っていて。上司から部下へ、といった上下の関係の中で生まれる感謝もあれば、まったくフラットな関係の中で生まれる「ありがとう」もありますよね。
コミュニティによって、上下で形づくられているところもあれば、フラットなところもある。どちらの文化が育ちやすいかは違う。それを無視して「みんな平等にカードを送ろう」と言っても、うまくいかないことがある。その組織の関係性の実態に合わせて、どういう形で感謝を育てるかを考えることが大切だと思っています。

──そこを無理に一律にしようとすると、うまくいかないのですね。

本嶋:そうですね。それに、「感謝しましょう」と制度として上から落としても、人はなかなか動かない。

大事なのは、本人たちが素直に気持ちを言える環境と、それを引き出すファシリテーションなんです。そうした環境が整ってこそ、感謝も自然に生まれやすくなるのだと思います。逆に、そこが整っていないと、どんな仕組みも形だけになってしまう。

関口:探求し続けること自体に意味がある、とも言えます。
ただ、気をつけたいのは、「対話はするけれど、そこから何も生まれない」状態に陥ること。

話し合って終わり、では意味がありません。観察して、気づいて、次の一手につなげる。そのサイクルに乗せて初めて、感謝や関係性の可視化が活きてきます。

──感謝を“増やすこと”自体が目的化すると、むしろ危うい、と。

杉浦:そのとおりです。感謝は、何かをした結果として自然に湧いてくるもので、無理に促してプレッシャーになっては本末転倒です。感謝を増やすことではなく、感謝が生まれるような行動を増やすことが大切です。感謝はその結果です。

だからこそ、自然に「ありがとう」が生まれるような行動が起こる環境を、どうつくるか。
GRATICAのようなツールも、その環境づくりのきっかけとして活きるなら、大きな意味があると思っています。

6. 現場から、これから取り組む人たちへ

──最後に、これからウェルビーイングに取り組もうとする企業や地域の方へ、ひとことずつメッセージをお願いします。

杉浦:まずは「ウェルビーイングに答えはない」という前提に立ってほしいです。
正解を探しにいくのではなく、自分たちで決めていくもの。そう捉えるだけで、始め方がずいぶん変わると思います。

本嶋:主観と客観、その両方を見ること。そして、自分の思い込みを、そのまま全員に当てはめないことでしょうか。
自分にとっての幸せが、隣の人にとっての幸せとは限りませんから。

関口:地域でも組織でも、答えはひとつではありません。
データで見える部分と、関係性のように見えにくい部分。その両方を、同じくらい大切にしてほしいと思います。

7. まとめ

ウェルビーイングに、あらかじめ用意された唯一の正解はありません。

だからこそ、「自分たちにとっての幸せとは何か」を問い、ありたい姿を描き、日々の状態を確かめながら、少しずつ実践を重ねていく。
その過程では、目標の達成や成果だけでなく、人と人との関係性や、日常に生まれる小さな「ありがとう」にも目を向けていきたいものです。

ISO 25554は、その終わりのない探求を、組織や地域のなかで続けていくための、一つの道しるべになるのかもしれません。

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監修:浅野 健一郎 氏(一般社団法人 社会的健康戦略研究所 代表理事)
株式会社オーケーウェブ GRATICA編集部

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